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クミコ - ココロの扉をたたくウタ

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2009年8月4日

「沈黙の日々」 その二

しかし「沈黙の日々」なんて、なんてかっこいいんでしょう、 「沈黙の軍艦」みたいで、たしかそんなのあったような、 ところがこれが全然かっこよくない、字面からくる「沈思黙考」な とこがまったくない、それにいい加減この状態慣れてきちゃったもんだから 何にもしてないのに、背中が痛くなって、これって忙しい時とおんなじ、 で、ふらふら散歩したりしてると、また再開発、たくさん緑があったとこ ちょっとの間に立ち入り禁止になってショベルカーはいって、ギリギリギリギリ 悲鳴あげてる、こんなことまだやってるんだ、やり続けるんだ、もうこっちが ギリギリギリギリ、カラダがきしむように腹たって腹たって腹たって、また背中 痛い、ココロ痛い、悔しい悔しい悔しい、この中野って街、住もうと思ったの さっぱりしてる気がしたから、なんのシガラミもなさそうなとこだなあって、 地元感なさそうな、それは地元の人がはばきかすとかだけじゃなくて、その頃の 隣町高円寺みたいなディープ感とか、そんなのないサラリーマン的街っていうか、 ちょどいい湿度、呼吸するのに楽そうな気がしたから、ふらっと中野駅に着いた途端 左に行くべき用事なのに右曲がって不動産屋に入って、そんでそこからもう20年、 丸井もなくなって(立て替えるらしいけど)、緑もなくなって、もちろんステキな喫茶店 なんかとっくになくなって、いや、そんなもんもうどこにもなくなって、どんどんなくなって こんなんでお茶濁しましたっていうちゃっちいお仕着せ公園ばっかできて、そんなに私ら 馬鹿じゃないすよ、っていいたいけどやっぱり馬鹿かもしれないって、とぼとぼ歩いてると 急に卵の入ったラーメン食べたくなって、チケット制のラーメン屋に行くと、そこのラーメン 卵ないらしい、イラストに卵描いてない、しゃべれないからどうのこうの聞けないし、 どうしたもんか、蕎麦屋で鍋焼きうどんって手もある、メニュー指してこれっていえばいい、 そうしようそうしよう、空いてる蕎麦屋、入っても「ラッシャイ」いわない、やな予感、でも 鍋焼きうどん食いたい卵食いたい、パートのおばさんメニューめんどくさそうに持ってきて すぐいなくなる、あ、注文注文!ココロで叫ぶ、こっち見てよ!ココロで叫ぶ、やっと 気づいたおばさん、まためんどくさそうにやってくる、手をふって呼ばれたことが気に食わない らしく、メニュー指す私に「え、なに、ちゃんと言って」、言えてりゃ言ってるよ、ああ世の中 きびしい、でもこのおばさんだって一日にしてこうなったわけじゃない、言葉もなくアゴで 使われてきたのかも、そう思って鍋焼きうどん食う、卵食う、チケット制いいけど、立ち食い蕎麦屋は むずかしい、チケットと一緒に、うどんかそばか申請しなきゃんなんない、「うどん!」「そば!」 おっさんみたいにいう、これが流儀、だから行けない、不便、不便なことばっか、 世の中こんなふうにできてるんだ、マルセさんがいってたこと思い出した、マルセさんは在日韓国人、 差別はされたほうしかわからない、踏まれた足の痛さは踏まれたほうしかわからない、ホントだ、 わかってたつもりだったけどわかってなかった、想像してたつもりだったけど何も知らなかった、 期限付きの障害者(ああ、この障害ってことば!)の私、おこがましい、でもたくさんの人のこと 思った、見えない聴こえない歩けない、もっとたくさんたくさんの人のこと、ああ、煮詰まる、暑い、 テレビつけよ、ありゃ今なんていった、このコメンテーターの評論家、「耳掻き嬢殺人事件」、 交際を断るにも断り方あるでしょ優しく断ればだって、いい加減にせいよ、ベラボーめ! ストーカーが聞く耳持ってたらストーカーじゃないんだよ、このおっさんなんもわかってない、 「コウムル」側のことわかってない、ニンゲンのことなんも知らない、ああ、また暑くなってきた、 腹へってきた、ナンダカナア。