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2009年11月22日

「ネヴァーランド」

左隣の女性はハンカチで涙を拭いた。
右隣の女子高生は何回もあくびをした。
私に見えるのはこの二人だけ。
新しくなった新宿ピカデリーはさすが「今」の映画館。
椅子の背は高く、誰の頭も見えない。
自分とスクリーンだけ。
はははん、こういうことになっておったのだね。
ちょっと前までのすうすうと風通しのよさそうな映画館が
すっかり変身してしまった。
タダ券で入ったら、やたらブルース・ウィリスのアップばかりで
周りを見てもせいぜい十人の客が寝てたり、なんてまあ、
夢のような話。
そんなノンキな気持ちで行った日には、だから唖然。
ごったがえすロビーで途方にくれた。
なんも知らないじゃん私、世の中のこと、変化のこと。
これだから子供産んどきゃよかった。
訳のわからんような、でも訳のわかる論理がアタマをめぐる。

ひとがすなることわれも、とばかり人が一杯のマイケル映画。
やっと取れたオンラインチケットで席に着く。

ドキュメンタリーは「意図」だ。
それもこの映画に関してははっきりした「意図」がある。
マイケル讃歌。
だから全編みんながいかにマイケルを愛し敬い、
またいかにマイケルが愛に溢れ、敬われるべき人間だったか、
いかに稀代のアーティストだったか。
延々と続く。
その一つ一つに、どうのこうのいうこともないけれど、
こりゃ大変ですわな、と思った。
ニンゲンネヴァーランドはつらい。
「50才」を味方にできない芸はつらい。

一箇所、どきっと胸が震えた。
若いダンサーが斜めに後ろに横にジャンプした瞬間。
獣のようなカラダのしなり。
強くて美しい、この時にしかできない、
この若さでしか許されないぎりぎりの芸。
神さまからの贈り物。
だから、カラダは残酷だ。
時間は残酷だ。

でもマイケルは「伝説」になった。
もしかしたらこの「伝説」のために生きていたのかも、と
思えるような幕引き。
それなら十分に納得できる。
あの鼻の形も、肌の色も、声も。
カラダにも時間にもはむかう人間には「伝説」しか似合わない。