クミコオフィシャルサイト - Kumiko Official Site

クミコ - ココロの扉をたたくウタ

茶目子のつれづれ著作権表示

2004年11月5日

「わたしは青空」

台風の日に生まれたせいか、どうも「雨オンナ」になってしまったらしい。なにかというと雨になる。今では、いくら晴れていても私のコンサートには必ず折りたたみ傘持参というヒトもいるくらいで、申し訳ない。

そんな私が出した新曲のタイトルが「わたしは青空」。今月3日発売のシングルで、時々「私の青空」、英語でいうところの「マイ・ブルー・ヘブン」に間違われるが、この曲の青空は誰でもない「わたし」自身なのである。

詞はあの「千と千尋の神隠し」のテーマ曲「いつも何度でも」、そして私の唄った「わが麗しき恋物語」の日本語をつけてくれた覚和歌子さん。「生きている不思議 死んでいく不思議 ゼロになるからだ」というコトバたちに出会って、この人と仕事がしたい、この人のコトバたちを唄いたいと思ったのだった。長くこの世にあればあるほど、生きていることも、死んでいくことも、やがてはゼロになっていくカラダのことも、そして結局は魂のことも、不思議で仕方がない。特に昨今のように、どうしてこんなことがと思うような「理不尽」さでゼロになっていくカラダたちのことを思うと、切なさは限りなく、ただただ涙を流すだけだ。

今年初夏、長崎の佐世保で起きた事件、遺族の気丈な会見にコトバを失う中、覚さんはひとつの詞を作り、それに作曲家の三木たかしさんがメロディーをつけてくださった。
それが「わたしは青空」。つらい背景をもつ曲だが何回も唄っていくうちに「光」が見えてきた。それは「いのち」の永遠、「魂」の永遠とでもいえるような力強いたしかなもの、生と死の境界線を結ぶ「光の道」とでもいおうか。

最後の詞の一節を。

青空 過ごした時間の長さじゃ はかれぬ仕合せ
青空 あなたに出会えて ほんとによかった
青空 いつでもここから あなたを見てる

2004年11月19日

「朝の儀式」

「窓を開ければ港が見える」と唄ったのは淡谷のり子さんだったが、朝起きると部屋中の窓を開け放つ習慣がついてから、もうだいぶになる。開けるだけではなくて、東の空に向かって手のひらをかざす、大きく息をする、それから手を合わせる。「もしもこの世に私が必要であれば、どうか今日一日生きさせて下さい。そして唄わせて下さい、この世に私の歌が必要であるあいだ…」みたいなことを心の中でつぶやく。なににいっているのかはよくわからないが、とりあえずこの儀式を行うと一日の始まりという気がしてくるから不思議だ。

3年ほど前になるだろうか、スタイリストの友人が、そのまた友人のホロスコープ、つまり星占いをする人を紹介してくれた。占いなんてと腰がひける私に、まあ人生の傾向と対策みたいなもんだから心配いらないと、生年月日、出生地、出生時間をファクスするよう指示をし、数日後ドキドキしながら一緒に出かけたのだった。

行ってみると、その人はごく普通の女の人で、黒いベールもかぶっていなければ、怪しげなモノを持つわけでもない。ただチャートと英語で書かれた図表を何枚か並べ、その一枚を、これがクミコさんの生まれた時の星の位置ですといった。まさか何十年もたってから自分の生まれた時の天空と対面できるとは思ってもいなかった。何だか懐かしくなってしまった。

その時彼女が言ったこと、私が全く集団に向かない一人でモノをする人間であること、これから仕事がいい方向に向かうこと、そして絶妙なバランスで保たれている私生活が徐々に破たんしていくであろうことなど。そして、すべてがその通りになった。いい仕事にも恵まれたし、私生活もちゃんと破たんした。思ってもみなかった形で。ただ、寿命のことまでは聞いていないので、毎朝大草原のプレーリードッグよろしく朝陽に向かって頭を下げるしかないのだ。