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クミコ - ココロの扉をたたくウタ

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2005年11月5日

「骨になって」

新潟の中越地震から一年、奇跡的に救けられた男の子の、母親と姉の納骨の模様がテレビに映された。一年たった今頃になってやっと墓に骨を納められるということで、腕白そうな男の子のはしゃぐ姿がよけいに哀しい。でも、骨と一緒にいられて良かったね、と思った。残された遺族の人たちが、一年の間かたわらにある骨にどれだけ話しかけ、想いをかけつづけたことか。なされたであろう骨との対話が、少しでも慰めになっていたならいいなあと思った。

「骨まで愛して」という歌があった。ぶ厚い唇の歌い手がなめるように唄っていた。骨まで愛するということがどういうことか、小学生の私たちには皆目わからなかったが、遠足のバスの中、みんなで唄った。ホネまでえ、ホネまでえ、ホネまでアイしてほしいのよおー。大人になるのは大変なことらしいと思った。骨まで愛さなければ愛したことにならないらしい。肉を愛することも知らない子供は、肉を飛び越して、骨への愛を想像した。

「焼きあがりました」という合図で、これまで何人もの人の骨を見て来た。これこれは元のどの部分で、これこれの変色しているのが病のあった所でなどと、係員の親切な説明に、とり囲む人たちが感に堪えたように頷く。骨壷に収めると思ったよりその骨が多かったり少なかったり。そしてその度、またみんなは、アア、アア、と頷き合う。

この夏に亡くなった叔父の納骨は土地の習慣に従い、告別式の当日だった。つまり、4、5日前にはこの世で息をしていた人が、4、5日後には骨になって石の墓の中に入ってしまうということだ。ついこの前まで触っていた人が、もう永久に触れない所へいってしまうということだ。どしゃ降りの中、納骨から戻った男の人たちのワイシャツはどれもビショ濡れで肌が透けて見えた。叔父の息子のカラダは一段とたくましく美しい。 叔父はもうこの中にいるのだと思った。

2005年11月19日

「大人の恋」

一年ぶりに新曲を出した。「さよならを 私から」というタイトル。「大人だからできる恋」などとうたってはいるが、実のところ「恋」に大人と子供の違いがあるのかないのか、よくわからない。ただ、作詞をした覚和歌子さんによると、自分から潔く別れを切り出せるオンナってかっこいいと思う、というのである。そして、クミコさんなら、さよならを自分からいえると思う、というのである。

確かに離婚は一回経験している。以前、取材された新聞紙上で離婚2回と誤記された時は口惜しかった。どうせなら5回くらいにしてほしかった。とはいうものの人と別れる時に使うエネルギーは大きい。負のエネルギーはココロにこたえる。できるなら「お別れ」などしたくない。

覚さんには申し訳ないが、私はフラれるのが好きだ。これからボクには大切な仕事があるからとか、家には可愛い娘が待っているからとか、君の存在は荷が重すぎるからとか、そんな身勝手なヘリクツでフラれるのがいい。あんまりバカバカしくてサッパリする。フラれれば後を追う気はしない。別れのエネルギーも少なくて済むというものだ。

口説かれるのも好きだ。オレのオンナになれとか、イッパツやらせろとか、ひと時代以上も昔のマドロスかヤクザみたいにいい寄られたら、素直に「ハイ」といいたいと思う。

まあ、要するに「来る者は拒まず、去る者は追わず」なのだが、その始めと終わりの真ん中が、人生の醍醐味でもあり正念場でもある。新曲の詞にあるように「愛しても愛してものどの渇きはつのるだけ」のような恋愛の砂漠状態が人を鍛えていく。すべてまるく収まらないのが世の常で、あっちにもこっちにも行き止まりのサインが見え始めた時にどうするか。この年になってもジタバタしているのだから、恋は永遠の修業なのかもしれない。