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クミコ - ココロの扉をたたくウタ

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2006年9月9日

「生命の準備」

窓の外を赤いトンボが飛んでいる。なんだかヘンナ格好。よく見るとふたつ連なって飛んでいる。ハハーン、これがトンボの「交尾」ってやつかもと目をこらす。トンボたちは風になって後から後から左から右へと同方向に、青空を果てなく飛んでいく。

仕事で出かけた札幌のホテル8階からの景色。遠くの山も近くの公園も、夏に近い暑さの中、やっぱり秋に向かっている。そしてトンボはといえば、ちゃんと次の世代への生命の準備をしている。

ミンミンやジージーやオーシンツクツクと変化していくセミの声が、今年の夏はたくさん聞けた。

近くに住む両親の家に向かう途中にある、大きな古い家の庭も、今年は一層にぎやかだった。その家のブロック塀に夏の初め貼り紙が出された。「危険なので近寄らないこと」。そしてそれから数日後、今度は玄関と勝手口の鉄扉に鎖がかけられ「関係者以外立ち入ることを禁ず」。

春には春の、秋には秋の花々や果実で通る人々を楽しませてくれた、この大きな庭を持つ家の主は、おばあさんだった。きりのないほどの落ち葉や落花をおぼつかない足どりで掃き集めていた、そのおばあさんともう二度と会うことはないのだと知った。

主がいなくなった古い家も庭も、初めは変わらず、でも今は明らかに荒れすさんで、ただセミだけが鳴きつづけている。地上での10日間のため7年間地中にいたセミが、再びこの庭の木で鳴けることはおそらくないのだろう。

来年の夏、この庭にはきっとマンションが建っているに違いない。たくさんの木と、木でできた家のかわりに、コンクリートの箱が現れるのだ。

君たちの生命の準備はむだになるね、そんな申し訳なさで、通るたび立ち止まって木を見上げた。

2006年9月30日

「誕生日の幸せ」

「お誕生日会」なるものをしなくなってから久しい。誕生日に人に会っても、それをわざわざ伝えることも、もちろんないので、一人暮らしの身には、ただの1日として過ぎ去っていく。

それが今年、52回目の誕生日。夜中の12時を回った途端、居酒屋のテーブルを囲んでいた人たちが一斉に「誕生日おめでとう」といってくれたのだった。

シャンソン歌手の人たちも、あるいは芸能界の人たちも「バースデーコンサート」を恒例とする人は多い。が、もともと何かの節目みたいなことが苦手の私、無縁のことと思っていた。この年で今さらということではなく、ただ何となくおっくう、といった方がいい。

そんな訳で、誕生日前日のライブも意図したわけではなく、たまたま。ところが、終了間際、やにわに暗くなった店内に、ロウソクの並んだケーキが現れ、ハッピーバースデーの歌声に合わせ52本のペンライトが振られたときは驚いた。

お礼のアンコールとして「この素晴らしき世界」を唄う間にも、ペンライトの光は右へ左へと揺れ動く。ちょうどこの朝、31年ぶりの「つま恋コンサート」の模様をテレビで見て胸を熱くしていたこともあって「時」を共有する人たちと居合わせる幸せをつくづく感じたのだった。

そういえば、ロウソクを吹き消すなどという行為も久しぶり。フーッと吹いても思うように消えないありさまに、肺活量の衰えを感じ、次にはもっと気合を入れて吹き直す。まったくこんなことにも気の抜けない年齢になっているのだ。

居酒屋のテーブルに、サワーに入れる生グレープフルーツが運ばれてきた。ったく、こんなもの絞るのは疲れると文句をいっていると、年若い友人がさっさと手を伸ばしてくれた。ありがたい。